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新古今しまりす集


たゆれば たゆる たゆるときィ♪ たゆった つっもりで しずんでるゥ ♪(by:『ぼのぼの』)
by simarisu83
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「ヒト」として「自分」として②

昨日の続きです・・が、ちょっとお詫びしたいことがあります。
昨日、ブログを書いてから「公開するんじゃなかった」と後悔(シャレじゃなく)しました。過去を思い出して、精神的に少し不安定になったのかもしれません。涙が出て、どうしようもない不安感に襲われていました。
もう10年・・それ以上も前になるのに・・。傷はまだ癒えていないんだと、再認識したのです。
今日、その続きを書くことにまだ躊躇いがあります。
私にはまだ、過去と対峙できるだけの体力がないのかもしれません。
だから、本当にかいつまんだ形だけにしておきたいのです。
この記事も昨日の記事も、しばらくしたら削除しようかな・・と思っています。
ご了承いただけた上で、よろしければお付き合いくださいm(__)m

――――――――――
私の両親というのは、母が物事ハッキリと言う気の強い人で、父はどちらかというとおっとりのっぺりした坊ちゃんタイプの人なのですが・・。
今でも忘れません。あの日、夕飯が終わったあとリビングに残っていた両親(と、ついでにいた兄)に「あの・・ね・・」と、ボソボソ話し始めました。今までの事情、そして部活を辞めたいということ。私は心のどこかで「(普段怒ることのない)父なら味方になってくれるんじゃないか」と思っていました。だから、父の口から
「そんなことくらいで・・もう少し頑張ってみなさい。」
と言われたとき、愕然としました。兄も一緒になって「そうだ、そのくらいのことで。」と言っています。
『そんなこと』?
私がさんざん悩んで、考えて考えて、その上で必死になって状況を訴えているのに・・『そんなこと』?涙が出てきました。結局理解してくれる人はいないんだと。自分はまた、あの場所へ戻っていかなければいけないのかと。
ところが、そこへ少しの間黙っていた母が
「イヤならやめちゃいなさい。そうまでして居る必要なんかない。」
そう言って、私の隣に座り抱きしめてくれました。
さっきとは違う意味で、大声で泣きたくなるのを堪えました。
父と兄は不満そうに「でも・・」と何か続けています。でも、もう私の耳には入りませんでした。解ってくれる人がいる。それが自分の母であることがとても幸せでした。

その晩、もしかしたら両親は二人で何か話し合ったのかもしれません。
新学期が始まり、退部届に署名してもらうため父に用紙を持っていったとき、父はもう何も言わずにサインしてくれました。

無事に部活は退部できたものの、その子はまだ同じクラスですからクラス内での状況が変わることはありませんでした。しかし、中2になった時、それまでリーダーの座にいた彼女が一転してクラスの女子から疎外されるようになってきたのです。原因がなんだったのかは思い出せませんが「女子裁判」とやらが教室で行われたことを覚えています。
少し・・良くなったのかもしれません。ごくたまに会話をする子もいました。でも、中2といえばもうグループが確立されており、今さら私がどこかに所属できる隙はありませんでした。結局クラス内で孤立していたことには変わりません。悲しいし、寂しいし、惨めだし、孤独でした。

中3の一時期、体調不良からそのまま少しの間ですが登校拒否を起こしていました。
「このままずっと学校に行かなければ傷つけられることもない。どうせ一人ぼっちでいるなら自分の家に居た方がずっと楽。」
そう思ったことは確かです。
でも、一部の大好きな友人や先生、何より心配してくれる家族にこれ以上迷惑をかけたくない気持ちも大きく・・。これ以上休んだら、もうきっと学校へ行けなくなる、と思ったとき再び行く決心がつきました。
久々に登校したときのクラス中の視線。「・・来たんだ。」「なんか久々じゃねぇ?」等というあちこちの呟きと好奇の眼差しを無視して黙々と机に教科書を詰め込み、息苦しい教室から抜け出しました。そしてすぐ、図書室へ向かいます。私が当時拠り所にしていたのがここでした。
図書室に集まる子たちはみんないろんな事情を持っていて・・。(これが保健室、という人もいるかもしれませんね)だからこそ、みんなが優しく誰でも受け容れてくれていましたし、何より司書の先生に絶大な信頼を置いていました(今でも付き合いがあります)。担任なんか大嫌いだったけど、司書の先生と一部の国語科の先生には今でも感謝しています。

静かに存在を無視される、真綿で首を締められるような、そんな柔らかい地獄にいる中で、私は気持ちをリハビリさせるために何をしたらいいか考えました。そこで選んだのが読書。昔から本を読むのが大好きでしたが、読書をすることさえ煩わしいと感じていた頃を抜け、ようやく何か始めよう・・と思ったのです。小説を読み、古典文学を読み、推理小説を読み、国文学、海外文学、詩集、読みたいと思ったものは何でも読みました。
そこから、私は「何か小説とか書きたいな」と思うようになりました。
昔からたびたびやっていたし、続けていた部活が文芸部という非常に分かり易い部活動でしたので、部誌に載せることもあったのですが。それは所謂『原稿』に過ぎません。
当時、辛いことがあると日記を書いていました。
「死にたい」とも「殺してやりたい」とも書いたことがある気がします。
しかし、そんな殺伐とした文章ではなく。
もっと別なことを書いてみたかったのです。
それが、私の心のリハビリに必要だったのです。
人付き合いが怖くなりかけてて、他人を信用できなくなってきていた私に。

結局中学を卒業するまでクラスには必要最低限以上の関わりは持ちませんでした。3年間同じクラスで体育祭や文化祭、修学旅行だってあったはずなのに、自分がその時何をしていたかほとんど記憶がないのです。
中学の卒業アルバムも滅多に開いたことはありません。
開いても、思い出すのは湧き上がる黒い恨みと悲しみだけですから。

私は、自分を甘やかす時間、自分のために自分を休ませる時間というのは本当に必要だと思います。好きなことをして、楽しいものを見つけて、愚痴を言って、誰かに甘えて、ゆっくりとココロと身体を休める。それがなければ生きていけません。
でも、そこで終わらせてはダメなんです。
誰かにずっと甘えて車椅子を押してもらっていても、自分を甘やかしてベッドの上に寝転んだままリハビリを拒否していても、絶対自分の足で歩けるようにはなりません。
(読んでいらっしゃる方の中で車椅子・リハビリ中などの方やそのご家族がいらっしゃいましたら申し訳ありません。比喩として使わせていただいているだけで、決してこうした患者さんを見下した表現として使っているわけではありませんので、ご理解いただければと思います。)

私は多分、中学に入る前以上に強くなりました。
「独り」でいること。
その状況に耐え、一日一日をどう過ごせばいいか考えあぐね、打開すべき道を模索している間、私は弱気になったこともあれど決して戦うことを忘れていたわけではありません。みんなが私の存在を無視するのなら、私は一人でやるべきことをやるだけです。
世の中には、私よりずっと辛い経験をしてきた人がたくさんいると思います。
そんな人たちから見たら私の経験ですら「甘い」と思われるかもしれません。

ただ、ヒトが様々に経験していく中で忘れてはいけないいくつかのこと。
「自分を立ち直らせるのは自分の力でなければできない」
「自分を甘やかすのは際限なくできるが、
立ち直るきっかけはその一瞬を掴まないと逃げてしまう」
そして、何より
「立ち直れたとき、自分は前よりもっと強い自分になれる。自分に自信が持てるようになる」
これを、自らの経験から断言できます。

悩んで、傷ついて、怒って、泣いて・・・。
どんなマイナスの感情も、きっとプラスになります。
だから、今をあきらめないでほしい。
ヒトとしてできること(仕事、ボランティア等)、自分でなければできないこと(自分を立ち直らせること、悩むこと等)、できることはたくさんあります。

まずは自分のできることを探してみませんか?
私は今もずっと、自分の出来ることを探し続けています――――
by simarisu83 | 2004-11-11 11:15 | ココロの中身
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